自分を苦しめ痛めつけるのは、自分自身だった。学生時代の友人に聞かれたら恥ずかしいくらいですよ。 私が愛とか言っているんですから。。。

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何不自由なく育ててもらったにもかかわらず、なぜか物心ついたころから両親と自分が大嫌いでした。
小学校の頃から優等生で学級委員長や部長なども務めていましたが
いつも親から離れて暮らすことばかりを考えていました。
そんな中で青春時代は家には寝に帰るだけ。
親と一言も口をきかない日もありました。
見た目は普通のお嬢さんでしたが、心は本当にグレきっていて、ヤンキーという感じ。
誰と居てもどんなに騒いでいても心から楽しいと思ったことはなく、
そのころから食べては吐く過食症にもなっていました。
子供も大嫌い、結婚なんて絶対にしたくない、親が早く死ねばいいのに
いつも考えていたわけではないけれど、心の奥底にはそれがはびこっていました。
ところがどういうめぐりあわせか、結婚することになり、二年後に子供を授かりました。
自分が親になれば親の気持ちがわかるだろうと思っていましたがとんでもない。
親のすることなすことに怒りを感じ、結婚前よりももっと親に嫌悪感を感じるようになりました。
何かとムシズが走る感覚が湧き起こり親をいつも怒鳴り飛ばしていました。

そんなことを繰り返しながら
下の子のひきつけ改善をきっかけにキネシオロジーに傾倒するようになりました。
そして自分自身のセラピーとセミナーの受講を繰り返すたびにその根本となる原因が見えてきたのです。

父親、母親との関わりがテーマに出ることもありましたし、自分の出生時のトラウマが出てきたこともありました。
でも一番は
自分の子供ができたことで、
命そのものについてや、SEXの大切さ、人の重みみたいなもの…
それらが後悔や罪悪感にも似た感覚で襲ってきていたのでした。
自分を苦しめ痛めつけるのは、自分自身だった。
親は何も悪くない(のかもしれない)。
そう気づいたとき、70もとうに過ぎている両親がかわいく思えるようになりました。

その後、2015年10月には沖縄の離島久米島にて1か月のキネシオロジー合宿に参加決定。
両親は、まだ小学生の二人の子供を快く預かってくれ、笑顔で送り出してくれました。
今もなお親を憎んでいたら、久米島どころかここまでキネシオロジーを学んでいくのは苦しかったかもしれません。

キネシオロジーを会得することで、必ず誰かの役に立つと確信しています。
でも、それは自分が解放されていく過程と比例する。
自分が解放されればされるほど、多くの方にキネシオロジーをお伝えできるのだと考えています。

キネシオロジーを知る前は、はっきり言って自分さえ良ければよいという考えだったと思います。
そんな最悪な自分が、今こうしてキネシオロジーを伝えさせていただいているという事実が、私自身信じられないほど嬉しいのです。

キネシオロジーは神事(かみごと)である
そう、慶太さんはおっしゃっていましたが、今、心から同意しています。
キネシオロジーに出会えていなかったら、愛を知らない人生だったんじゃないかって。
学生時代の友人に聞かれたら恥ずかしいくらいですよ。
私が愛とか言っているんですから。。。

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日向野 泰子

日向野 泰子群馬県

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